もっともらしい格言の作り方
序文
10年以上にもわたり、ぼんやりしているときに頭の中で「もっともらしい格言」を作るくせがついてしまった。かくなる上は、死ぬ前にこの秘伝を書き残して置くことにする。
本文作成
まず基本は命令形。大概の命令文はそのまま格言化が可能である。なぜなら、もっともらしくすることで読む人がまず格言だと思い込み、勝手に格言っぽい意味を汲み取ってしまうから。財布をなくしたときに周囲がみんな泥棒に見えるのと同じ理屈で、人間の思い込みパワーは相当強烈なものがある。これを利用しない手はない。
但し命令文と言っても、動詞の命令形のみの一単語だけではちょっと難しい。意味を汲み取るにもそれなりの隙間を用意してやる必要があるので、長い方が望ましい。初心者でもせめて動詞の対象となる名詞を組み合わせるべきである。またこのとき、固有名詞は避けること。格言は古い重みのある言葉なので、固有名詞を出すと歴史的矛盾が発生するか、もしくは価値を台無しにするか、あるいはその両方だったりする。格言にドラえもんの名前が出たら、それはドラえもんセリフ集にしか載せられないものとなる。よって使えるのはあくまで一般名詞である。以下に例を示す。
例文1:空を見ろ。
格言という前提でこれを見ると、どんな逆境にあっても上昇志向を忘れるなという意味に取れる。
禁止命令文もなかなか格言化しやすい。
例文2:空を見るな。
同じ文を禁止形にしただけで、あまり多くを望むなという意味に取れる別の格言となる。
やや難易度は上がるが、断定形はその後のステップさえ適切に処理すれば、格言となる場合がかなり多い。
例文3:犬は猫である。
かなり苦しい例だが、これとてしかるべき処置を施せば、なんとか形になるのである。その処置に関しては後述する。
銘
格言は本文だけではサマにならない。物事にはブランドをつけてやることで、その価値を飛躍的に高めてやることができる。この業界における2大ブランドは、
ゲーテ
と
ニーチェ
の両名である。上述の文は、これらをつけるだけで本格的な格言となる。試しにつけてみるとする。
例文1-2:空を見ろ。 〜ゲーテ〜
初級編はこれで完了。もう誰かに見せても、「ああそうなんだ」と違和感なく納得されるレベルとなる。これがゲーテの恐ろしさと言える。ニーチェは僅かに価値が落ちるが、それとてほとんどの人間には有意な差は見えないものである。
例文2-2:空を見るな。 〜ニーチェ〜
100万円が掛かったクイズでこれの真偽を答えよと言われたら、誰しも悩んで悩んで、全然分からなくてなんとなく○と答えそうなくらい良くできている。
さて初級編と言ったが、これでは処理しきれないものもある。先ほどの断定形などは、この2名の名手でも片付けきれないものがある。
例文3-2:犬は猫である。 〜ニーチェ〜
さすがにこうなると一発でウソっぽい。これをいかにもっともらしくするか。こういう常識離れした文章は、文学作品化してしまうとどうにかなる場合が多い。となればこの人の登場である。
例文3-3:犬は猫である。 〜ウィリアム・シェイクスピア〜
フルネームで書くのが一つのポイント。ただのシェイクスピアより3割ほど効果が上がる。もっともゲーテやニーチェをフルネームにすると逆効果だし、第一フルネームを知らないので調べるのが面倒である。
これで「ははーんさすが彼は言うことがちょっと違うねえ」などと物知り顔で納得して貰えそうだが、それでも確率はせいぜい半分である。これを90%まで高めるとなると、もう一工夫が必要となる。作品化と呼ばれるテクニックである。
例文3-4:犬は猫である。 〜ウィリアム・シェイクスピア「真夏の夜の夢」より〜
作品中のセリフを全部チェックしてる者など普通いないので、大手を振ってそれらしい格言とすることができる。ただ迂闊にも演劇部相手に仕掛けてしまった場合は、速攻でばれる可能性を作品について延々と論じられる可能性が上回ることを祈るしかない。
伝説化
更に高度なテクニックを紹介する。銘を入れてもしっくり来ないときに、微妙なチューニングとして用いられる手法である。伝説、というと仰々しいが、世界には様々な民族がいて、それぞれに歴史を持っている。歴史には重みがあり、ましてや他民族の歴史など恐れ多くて疑いを挟むことなどまかりならぬものばかり。この威厳を拝借するのである。
例文1-3:空を見ろ。 〜イギリスの古いことわざ〜
もうこうなっては神聖にして不可侵。誰がこれを嘘だと言い切れるのであろうか。多少意味が通じないおかしな文章とて、各種テクニックを駆使すればざっとこんなものである。
例文3-5:犬は猫である。 〜アラブの古い童謡より〜
あとがき
大体コツはつかめたであろうか。あとは10年ほど、暇な折にひたすら脳内でシミュレートすることである。訓練を積めば、1分に1個くらいは量産できるようになる。もっとも量産した後の使い道に関しては、各々の才覚に委ねるしかないのだが。最後に筆者が最近実際に職場で披露した新作をば。
この世に成功した結婚などない。あるのは失敗した結婚と離婚だけである。 〜モンゴメリ〜
10年の熟成が見られる、まさに黄金の言葉と言える。 ではごきげんよう。
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