トゥデイ>皇帝、山手線に乗るの巻


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 今日のテーマは山手線である。東京と言えば山手線、山手線と言えば東京である。事実、我が友人で根っからの山形人に、東京とはどんなところかイメージしてみろと尋ねたことがある。

「そりゃおめー、山手線がグルグル回ってるだけに決まってんべや」
だけに決まってんべやじゃねーよ。まあそんな訳で東京名物であるのは確かである。


 さて、余は普段は愛チャリにて通勤しているのだが、この日は特許庁に用があって直行直退なのであった。特許庁と言えば、電車を乗り継いで、あまつさえ地下鉄なる、迷路状に潜行し最近では致死率も高くなったという恐ろしい乗り物まで利用せねばならない。

 朝の上司との待ち合わせの時間まで、ストレートに行って間に合うかどうかという状況で、余は一つの選択を迫られた。すなわち、秋葉原で乗り換える山手線の方向をどっちにすべきかである。山手線とは、よく知られている様に、回送電車で無い限りは、我慢さえすればどっち向きだろうと目的地にたどり着けるのである。

 しかし待ち合わせの時間を気にしている者がそんな悠長な事はしていられない。二者択一、最短距離にて行ける方向を持てる知識と勘の全てを動員して瞬時に決めねばならないのである。

 目的地は新橋。聞いた話では秋葉原から数駅と、そんなに離れてはいないらしい。だが、悲しいかな、余にはあまり地理感覚が備わっていない。だいたい古来より偉大なる者程、身近な能力が欠如している事が多い。天文を観察し秋の収穫を予想していたギリシアのソクラテスは足元の肥溜めに落ちたと言う。余の方向音痴とて同様である。

 どのくらい地理が判らないかと言うと、かの有名なしかすけ(仮名)亭への道を覚えるのに、4往復は必要だった。しかも8回目は夜行ったらまた迷った。そんな感じだから、秋葉原が山手線の円の東端に位置する事は知っていても、新橋がその円のどこかはさっぱり見当がつかないのである。

 時間は無慈悲にも刻一刻と迫る。決断の時である。覚悟を決めて乗った飛び乗った緑の電車は、混雑中の必死の調査により‥反対へ向かっているらしかった。当然ながら遅刻し、こってりと絞られたのは言うまでもあるまい。


 この話には後日談が存在する。正確に言えば後日では無く当日談だが、その帰り道のことである。朝の失敗を繰り返すまいと、新橋駅で山手線に乗り換える場面に再び出会ったのである。普通なら、判らなければ立ち止まって考えるものだろう。

 しかし余を普通の人々と一緒にして欲しくない。余は立ち止まったり後戻りするのが嫌いである。心の中で「皇帝は退かぬうっ」とか叫びつつ、ひたすら前進するのである。道に迷っても、決して後戻りせずに、その地点から目標地点まで軌道修正を試みて傷口を広げたりする事もしょっちゅうである。ちなみに予は猪年であったりする。

 そんな事で、いつも通りの行動を取った余は、新橋からまた反対方向へ向かって、‥人知れず緑の電車の中のつかまり棒を渾身の力で青筋立てつつ握るのであった。

(95/ 4/ 8)


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