人生を変えたゲームたち

その9(前編) Magic:The Gathering(カード)

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 話が長くなるので、数編に分けようと思う。


 すったもんだありながらもなんとか職にありつき、上京して会社の寮に住むことに。なんせ無名大学なもんだから、就職は苦労したのなんのって。色々条件を譲っていく中で、唯一譲れないポイントは何かと己に問いかけると、出た答えはゲームだった。ゲームを入手しやすい秋葉原に近い東京に住むこと、そして金がないので寮があること。ここまで譲れば、中小企業ならなんぼでもあった。要はゲームのために就職したようなものである。

 寮費は月3000円で済んだが、2DKに2人相部屋で住まわされて、2部屋の間はふすま。音はだだ漏れで、プライバシーなんかあったもんじゃない。相方とも不仲で、人を呼んで遊べるような環境ではなかった。週末は秋葉原にいってPCゲームを買い漁ったり、PC-VANの知り合いの家に遊びに行ったり。


 そのPC-VANの知り合いのたまり場が、しかすけ(仮名)の家、通称しか小屋だった。はまん(仮名)、むろふう(仮名)、ムラカミ(仮名)、ymzk(仮名)、K.X.(仮名)あたりが毎週のように集まって、主にマルチ系ボードゲームを遊んでいた。そして平日はネット空間でチャットする日々。あるとき、チャットでむろふう(仮名)からMTGやらないか、と誘われる。

 MTGとはMagic:The Gatheringという洋モノカードゲームの略称だった。普通のカードゲームのように一組の山札を全員で共有するのではなく、自分で自分の山札を買ってくるというブルジョアなゲームだと教えられる。なんぼ薄給の中小企業と言えども、住宅費が3000円で済むんだから、独身貴族と呼べる程度には金に余裕があった。これがいけなかった。

 代々木のポストホビーなる店に行けば売ってるはず、と聞かされて、翌週しか小屋に行く前に寄ってみると、ほとんど在庫はなく、スターターキットなる60枚入りの箱を2箱しか買えなかった。輸入ものでしかもドマイナーな時期だったので、そもそも流通量がわずかしかなかったのである。Revisedと呼ばれる第3版だった。

 しか小屋に持参してみると、もはやMTG一色。2箱買ってこれで120枚も入ってるんだからなんとか遊べるんじゃないか、と目論んでいた私は、むろふう(仮名)師匠に鼻で笑われる。なんだ2箱しかないのか、今日は見学だな、ぐらいの勢いで。えええ、120枚あってもなお遊べないんですか。

 開封してみると分かったことは、カードの色が5色に分かれている。そしてそのカードを召還するためには、それに応じた土地を出す必要がある。別に5色デッキを組んでもいいが、1ターンに1枚しか引けないゲームで、手札に応じた土地が引けるまで数ターンぼんやりしてたら、たちどころに負けるわけである。2色程度、できれば単色にまとめるべきだと悟る。

 そうなると、120枚の1/5しか実際には機能しないわけで、なるほどそりゃ60枚のデッキ組むには足りませんわ。とりあえず好みの色が破壊の赤と呪いの黒なので、それ以外の色は不要と判断し、むろふう(仮名)師匠から不足している土地を貰い受けるために、師匠が専攻する青の呪文を差し出す最初のトレードを行う。実はトレードの記録は全て残してあり、記録の最初の行がこの
 Swamp*4 - Spell Blast*2
だった。


 単色は無理なので、赤黒の2色で使えそうな奴を片っ端から入れる。今で言う限定戦の格好である。なおカードにはレアリティがあり、スターターひと箱には1枚のレアカードが入っているはずだった。(その後3枚に増えたが、確か当時1枚しか入ってなかったような。今思うとひどい話である)

 私が剥いた箱に入ってた強そうなのは、やっぱVampireだよな。飛行で4/4でしかも敵倒すと血吸って強くなるとか、これレアやろと思ってたら、アンコモンだと言われた。じゃ、じゃあこの緑のWurmとかどうだ、6/4とかつええだろ、と思ったらこいつに至ってはコモン。

 なんせ当時はカードリストなんか出回ってなく、GMC内でみんなが剥いたカードの情報を寄せ集めて自前でリストを作るしかなかった。そのリストと首っ引きで調べたところ、ついに判明した。忘れもしない、私の生涯初レアは、Warp Artifactという、地味ーな黒のカードだった。地味すぎて、カード枚数が足りないはずのデッキにすら入れる気にならないような。あれから20年のMTGの歴史の中で、どんな環境でも一度も輝いたことのないような。そんなクズ中のクズレアだった。しかも2枚。危うくグレるとこだった。いや、あそこでグレていればまだ引き返せたのかもしれない。

 その泥沼に対し、私は前に進むことを選んだ。足繁く代々木に通い、カードを買い集めたのである。


(2015年07月21日)

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